
故郷へ帰りたい 満開のサライの桜のもとで納骨
高齢多死化社会となり、都会で長らく暮らした地方出身者が最近、お骨となって故郷に帰ってくる様子が多く見受けられる。
「ふるさとの桜のもとで眠りたい」という思いを抱き、4月満開の桜の下で納骨が行われる。
死んだら故郷に帰りたい 社会問題化する死後のこと
18年前、都内に暮らす地方出身者の会「岩手川崎ふるさと会」の総会に出席の機会を得た。その席で、「都会ではお墓は高価で持てない」「死んだら故郷に帰りたい」という話を聞くことができた。
戦後全国から多くの労働力として、東京に吸引せられた世代は今、死期を迎えようとしている。しかし、東京は死後の事についてはあまりにも混沌として、お墓難民という言葉もあるほど社会問題化している。
ふるさと会の声を実現させ、一関の桜の樹木葬は誕生した。
川崎の桜の丘は、西に残雪を遠望する須川岳、眼下には北上川が流れるふる里の原風景。愛する故郷で眠りたいという望郷の念は、年齢を重ねるにつれ深まっていくもの。
津波で折れた枝から花咲く命 復興の桜は鎮魂の桜
しかし開園の翌年、未曾有の大震災が発生した。沿岸の多くの樹木は根こそぎ流出したが、折れた枝から花が咲きだした。まさに復興の桜だと感じた。それから「一社てあわせ」を設立し、手合わせ桜と名付けた桜を1千本を宮城・岩手に植樹した。復興の桜は、死者を悼む鎮魂の桜でもあった。
桜吹雪のサライの空へ 誰もが安らぐ理想郷
その震災から13回忌を迎える今年、東京の高齢者施設で故郷への思いを抱いていた老婦人が4月亡くなり、桜満開の季節、故郷の両親の隣に納骨される。サライの歌詞には、「桜吹雪のサライの空へ、いつか帰る、きっと帰るから」サライの桜のように、帰ってくる場所があるだけで、都会に暮らす地方出身の終末の安らぎになるのではないか。
コロナで死の儀礼が簡素簡略化されているが、死者を想うことは生きている人への思いやりにもつながる。
岩手や東北は花と眠り、風になるイーハトーブのような理想郷でもある。死者に優しい、そんな魂のUターンに花を贈りたい。
